ある日のこと。
仕事の合間に同僚と世間話をしていたのですが、何かの折、
「うちの実家でタケノコがわんさかとれる(うらやましいだろ、ぐひひ)」
という話を聞きました。
べ、別にうらやましくなんかないんだからね、フンだ、と強気な筆者。
ただタケノコは大好きなので、決してうらやましくはないものの、
「そ、そんなにとれるなら、少しくらい掘らせてくだせえよ」
と懇願。
すると、
「ならうちの親に頼んでみたるわ(だから今度何かおごれ。そして敬え)」
と快諾。
で、とんとん拍子で話が進み、週末におじゃますることに。
持つべきものは同僚ですね。
(同僚がいない会社って、そりゃSOHOだろ、という気もしますが)

関越道をバイクで北上。
途中、上信越道に乗り換えやってきたるは長野県。
肥沃な大地に広がる田園風景、青い空。

おたまじゃくしも気持よく泳いでいます。
そういえばおたまじゃくしやタニシって、水をひくとどこからともなくやってきますよね。
きっと空から降ってくるのでしょうが。

こういう趣き深いバス停っていいですよね。

1日2本。流れている時間がゆるかや。
住む人にとって良いのか悪いのかはアレですが、こういう感覚って、この国のどこかで息づいていてほしいなあ、と思ったり。

さて同僚のご実家に到着、ご両親と対面。
愚かなるわたくしめにタケノコをおすそ分け頂ける幸せをどう表現すべきか、何か小躍りをしたり歌を歌ったりした方が良いのではなかろうか、などと考えていると、
「それでは、タケノコを掘りましょう」
といざなってくださったのはご尊父。

道すがら、「竹は放っておくとどんどん生えて畑や道に影響がでるので、定期的に採らないといけない」といったお話を聞きました。
人と自然の共生には美しく理想的な型だけではおさまらない、輻輳的な事情が絡み合っているわけです。

さて、こちらがタケノコ。
種類はおそらく姫竹。
あちこちからにょきにょき生えております。
これから梅雨が本格化すると、まさに雨後のタケノコのように生えてくるのだとか。
母と竹は強いのです、姫だけど。
そんなわけで籠いっぱいに収穫したタケノコ。
ご好意で一晩泊めていただけることになったので、ビールを一杯。
山歩きの後のビールは、ひたすらうまい甘露かな(苦いけど)。
ご尊母のおいしい料理もつまみつつ、充実の時間を過ごしました。
翌日、なごりおしくも東京へと戻ってきた筆者。
帰り際、タケノコの他にも自家製玉ねぎと玄米も頂きました。
感謝感謝です。

さて、まな板の上で調理をまつタケノコ。

まずは糠を入れて炊く、のですが、糠がなかったのでお米のとぎ汁で代用。

ごろごろと炊きあがりました。
うん、おいしそう。

とりあえず大定番の3品+いただいた玉葱のサラダを作ってみました。

タケノコごはんは油揚げと一緒に炊きました。
おいしいですよね、タケノコごはん。
山椒の葉なんかがあると色的にもしまりがあるのですが、そこはご愛敬。

こちらは若竹煮。
鶏のモモ肉なんかと煮てもいいのですが、個人的には油揚げと煮るのが好き。
穂先も根本もおいしいです。
山椒の葉なんかが(以下略。

タケノコと豚ロースの天ぷら。
ちょっと焦げたのは、一人分ということで油をケチったからです……。
手軽にサクサクさせるためにベーキングパウダーをちょろりと混ぜたのですが、油量の少なさには太刀打ちできず。

キャベツと玉ねぎのサラダ。
先日作ったタコスのサルサディップとトルティーヤが余っていたので、上からかけました。
そういえばチップス系は結構なんでもサラダのアクセントに使えますよね。
ナッツ類なんかをまぶすと、中華風サラダみたいでそれはそれでおいしいものです。
そんなわけでしばらくタケノコ三昧な食生活を楽しめそうです。
チンジャオロースや酢豚など、中華系も美味しいですから、いろいろバリエーションを楽しみたいものです。
……あまりデジタルと関係ない記事になったのでひとつご紹介。
ボランティア感覚で短期の農業バイトをする、といったコンセプトのページ。
農業体験をしてみたい! という若者と人手が欲しい農家とのマッチングサイトといったイメージでしょうか。
農業が厳しい、というのはもうずーっと言われ続けていることですが、それが解消されないのには、まあ色んな原因や意図があるのでしょう。
それを市井から「どうにかしよう」という動きがあるのは、いいことに思えます。
ビバ・山筆者も大概田舎育ちなものですから、のどかな風景のところに行くと、心が穏やかになります。いいですね、山。そういえば田舎の方にいくと、なんでこういうホーローの看板があるんでしょうね? というか電話番号生きているところ、あるんでしょうか? 謎です。
(文責・部屋長)



