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2010年2月 3日

【旅】カンボジアにて感じたこと

カンボジアが好きです。
4年前に行って好きになり、3年前には母と二人で行きました。
今回は、4年前の一人旅のことを書きます。

一人での海外旅行の経験はあるものの、
アジア圏を一人で旅するのは初めてのことでした。
旅行会社などのツアーには参加せず、飛行機のチケットも自分で格安航空券を手配。
宿も到着当夜の分しか予約していないうえに、
入国ビザすら空港での現地調達という感じです。
(空港で止められれば、入国すらできずそのままとんぼ帰りする羽目になる)
旅行中の計画さえ
「現地では毎日思いつくままに行動する」という無計画な状態でした。

「こんな無計画で大丈夫だろうか…」と思っている私に、
追い打ちをかけるガイドブックの情報。
“治安”について書かれたページには「騙そうとする人間に気をつけること」
「夜道は一人で出歩かないこと」などとあります。
そして、犯罪とまでは言いませんが、
アジア諸国には、旅行者を対象に法外な値段を請求する
“ぼたっくり”がよくあります。
実際に、私が訪れたタイやベトナムでもよくありました。
相場の5倍以上の値段を請求されたり、
値段に関するやり取りで嫌な思いをしたりした経験を思い出し、
「カンボジアも同じだろうか…。女一人で大丈夫だろうか…」と
不安が頭をもたげてきます。
自分で望んだ旅なのに、カンボジアの地に降り立つまでは、
期待より不安が大きい状態でした。

ところが、そんな心配もなんのその。
カンボジアへ入国してすぐに、私の不安は吹き飛びました。
現地の人はにこにこと明るく、親切で優しく接してくれて、
とても安心したことを覚えています。

とはいえ、タイやベトナムに法外な値段請求があるように、
カンボジアにも軽いぼったくりはあります。
例えば、みやげ屋やバイクタクシーでも「いくら?」と聞くと、
いつでも何でも「ワンダラー(1ドル)」と返されます。
条件反射のように、とりあえず「ワンダラー」と言っている感じ。
それでも「何言ってんの! 1000リエル(30円)くらいでしょ?」と 言うと、
気まずそうに「そうだよ〜。じゃあ1000リエルでいいよ〜」と素直に認めるのです。
以前に旅した近隣諸国では「1ドルだ」「高すぎる」「とにかく払え」というやり取りを繰り返すことが多かったので、驚きました。

何日か滞在して、現地の人たちと触れ合ううちに、
彼らは日本人を観光客としてというより、友だちという目で見ているのではないか、と感じました。

バイクの運転中なのに後ろに座っている私の方へ振り返って、
突然「アイラブユー」なんて言ってきたバイクタクシーのおじさん。
私が「ノー!! それより前見て!!」と焦ったら
「あははは〜」とカラカラ笑うから、思わず私も笑ってしまいます。

私が泊まった宿の前の通りにたむろしている、
タクシーやバイクタクシーのおじさんたち。
毎日通る私の顔を覚えてくれて「今日は元気かい?」と聞いてきます。

屋台へ行っても「これがおいしいよ!絶対食べたほうがイイよ!」と教えてくれるお姉さんやお兄さんたち。

いつもニコニコして、物は無くても幸せそう。
私はよく「昔の日本もこんな風だったのかな」と感じていました。
現代の日本には便利な物が溢れて消費ばかりして、
それがかえって不幸をもたらすのかもしれない。
私も物質的な充足だけを求めるのではなく、物がなくても幸せな彼らを見習おう。

…などと、満ち足りた気持ちで帰ってきました。

ところが、帰国して数カ月が経ち、ふとこんなことを思いました。
あの満ち足りた気持ちは、先進国である日本に住む私のおご驕りではないだろうか。
誰しもが豊かになりたいに違いない。それはカンボジアに住む人たちも同じこと。
“物が無い豊さ”を賛辞し、無責任な感動を覚えているだけなのでは、と。

ここで予備知識として、カンボジアの経済について説明します。

まず、食事の値段で日本とカンボジアの物価を比較してみましょう。
カンボジアでは1ドル払えば、チャーハンや麺類が食べられ、お腹いっぱいになります。
日本でそれだけ食べようと思えば、安い店に行っても500〜600円はかかりますよね。
私が泊まったゲストハウスは、朝食付きシングルルーム(シャワー・トイレ完備)で
一泊10ドルという安さでした。日本では考えられません。
物価は、日本の5〜10分の1くらいとされています。

次に、所得を比べてみましょう。
一人あたりのGNI(国民総所得)は、
日本が37,670アメリカドル、カンボジアが540アメリカドルなので、その差は約70倍にもなります。
(参照:ユニセフ世界子供白書2009http://www.plan-japan.org/country/pdf/cis_camb.pdf)

物価は日本の10分の1程度なのに、収入は70分の1。
貧しい人たちがどれほどたくさんいるのか、簡単に想像がつきます。

カンボジアへ行く前は、深く考えることのなかった経済の格差。
実際にカンボジアを旅して、考えさせられることが多かったのです。

現地で仲良くなった人から「日本に行ってみたい。飛行機代はいくら?」と聞かれるのは辛いことでした。
彼らに払える金額ではないからです。
金額を言うと、いつも彼らはがっくりとしてしまう…。
そして金額を知ることで、
彼らにとって私は大金持ちだということになってしまいます。
そんなジレンマを抱えながら、カンボジアを旅していました。

ランチを食べに入ったレストランで働いていた、ヤンちゃんという16歳の女の子。
とても頭の回転が早く気が利いて、切なくなるほど素直でキュートな子でした。
ニコニコしながら「カワイイネー」と言ってくれ、
お返しに「ヤンちゃんこそかわいいよー」と言うと、
恥ずかしそうに微笑んでいました。

「日本に行ってみたい?」と聞くと、
「あんまり…。だってお金がかかるから」と返してきました。
平日の昼間に働く彼女は、きっと学校には行っていないのでしょう。
英語も不自由なく話せるほど勉強熱心で、頭のいい子なのに。

彼女たちが可哀想だとは思いません。同情しているわけでもありません。
ただ、仲良くなった人たちとの間に、
超えられない国の壁を感じることが寂しく悲しいのです。
やっぱり彼らと私は違うのか、
その違いがある限り根本的にはわかり合えないのか、と。

彼らにとって、私は裕福な国から来た外国人。
必死に値切って、現地の人々と同じ値段を払ったとしても、私と彼らは違います。
彼らはボロボロのズボンを穿き、私は破れていないジーパンを穿いている。
彼らはほつれて色褪せたシャツを着て、私はまっさらでパリっとしたシャツを着ている。
私は髪を染め、化粧をし、アクセサリーをつけ、電子辞書やクレジットカードを持っている。
そして、
カンボジアに来られるだけのお金があり、
物と文明に溢れた日本での便利な暮らしがある。

-彼らは、私たちをどのように思っているのだろう。
ニコニコしたその笑顔の裏側には、どんな思いがあるのだろう-

物事を考える上で、自分の立ち位置やバックグランドは排除できません。
むしろ、その背景があるからこそ、自分なりの考えをもつことができるのでしょう。
それは正しいことなのだけど、
物事を多角的に考えられる心構えだけは持っていたいものだと思います。
カンボジアを旅して、強くそう感じました。

また、 カンボジアに行きたい。
凛々しくも温かみのある遺跡を歩きたい。
美しい朝日や夕日が見たい。
おいしいご飯が食べたい。
そして、明るく優しい彼らに会いたい。
そう思う毎日です。


担当は、さみこでした。
次回は、インドネシア大好き、カンボジアは未踏のhiyuさんです。
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投稿者 さみこ : 2010年2月 3日 12:00