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2009年10月 5日

【旅】風林火山を行く

どうも、くぎやんです。
先日、こんなものが発売されました。

「信長の野望」タイアップ企画キンレイ「武田信玄の味噌鍋うどん」
地産地消の具材たっぷりのほうとう風味うどんだそうです。
早速探したのですが、うちの近所では見つからず。orz
残念無念。


そんな残念な気持ちをぶつけるべく、ほうとうGET&ハイキング目的で、
武田家滅亡への道を辿ってきました!

武田氏は、1575年、織田信長に破れた長篠の戦いの後、
信長の武田征伐によって滅びるわけですが、
今回は、武田勝頼の逃亡路、武田居館→(新府城)→甲州街道→笹子峠→天目山(竜門峡)ルートを行きます。


まずは、躑躅ヶ崎の武田居館(武田神社)で出陣祈願。
名城100選にも選ばれています.jpg

武田信玄を奉る神社で、勝運の神様です。
ここから新府城(韮崎)へ行って、そこを起点にしようと思ってましたが、時間の関係で割愛。
ショートカットしまして、甲州街道をひたすら東へ。
勝頼軍は3/3に新府城を出発し、9日に笹子峠についたようなので、約55キロを6日間。
当時の行軍スピードは1日24キロ程度だったので、かなり時間がかかっていたようですね。
車だと1時間半程度の行程です。
今の時期の甲州街道沿いはぶどう狩りが最盛期。どの農園も車がいっぱいでした。
ぶどう狩りの旅もよかったなぁ…。


笹子峠。甲州街道一の難所。
このハイカラなつくりがかっこいい入口は大月側です。
裏側はかなり切ないコンクリ仕様

現在の甲州街道の笹子トンネルは昭和33年に作られた新道で、こちらは旧甲州街道の笹子トンネル。
昭和13年に作られたものです。
明かりのないトンネルが続いていますが、意外にも心霊スポットではないらしいです。
トンネルができる以前はこのトンネルの上を通るルートで、峠まで登れる道があるにはあるのですが…。
「クマ注意」の看板を発見したため、撤退。
クマは怖いですよ。クマは。

勝頼軍もここで重臣・小山田信茂に裏切られて、方向転換。
甲斐には織田軍が迫り、後戻りはできないため、勝頼軍は先祖が自害した地を目指して、天目山へ向かいます。


天目山(竜門峡)
勝頼は天目山までたどり着いてなく、天目山へ向かう途中で自害しています。
この付近は、川にそって散策路が作られており、紅葉の季節には持ってこいの初級者向けのハイキングコースです。
写っているのはうちの犬


柵、階段などもありますが、基本的には、山の中を人が踏み固めた道なので、途中、「初心者向け?」と疑問を抱かざるを得ない場所もあります。

散策路を登りきると、栖雲寺。
ここが武田氏の先祖が自害した場所に建てられた、武田氏ゆかりの寺です。
おそらく、勝頼はここを死地と定めて山を登っていたと思われますが、途中で、織田軍に追いつかれしまい、ここにはたどり着けなかったようです。
ちなみに、そば切発祥の地だそうです。
庭園が自慢らしいです.jpg

で、命からがら引き返した勝頼は、ここより下流1キロ程度下った村落で自害。
 
敵に討ち取られるよりは名誉ある死をということで、勝頼が自害する時間を稼ぐために家臣たちが奮闘した場所。
ここは散策路ではなく、車道沿い
藤蔓につかまって片腕で100人斬り。強すぎるだろ武田軍。
敵を殲滅できたとしても主人は助からないですが、こういうことに命をかけられる昔の人の精神性は難解だなぁ、と思います。
 
 
 
この山をさらに進むと、やまと天目山温泉という日本一の高アルカリ泉があります。
温泉好きとしては、ぜひとも立ち寄りたかったのですが、タイムアップ。
日帰り行程としては、ちょっと欲張りすぎたようです。
天目山方面に行く道と甲州街道の分岐地点にある道の駅でほうとうゲット!
談合坂SAのレストランでもほうとうを食べて、満足な一日でした。
 
 
 
今回は、経路を決めるのに、
かなり便利
にお世話になりました。
地図を見ながら進むのって楽しいですよね。
史跡めぐりもいいですが、行って、見て、歩いて、の旅をコーディネートしたいなぁと思います。


談合坂SAで越後限定愛の兜のスティッチを手に入れちゃいました。
ご当地って…。
 
くぎやんでした。
ご当地は国境を突破できるらしい
次はBAMBIさんです。


投稿者 くぎやん : 2009年10月 5日 13:20