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2009年4月24日

【旅】日本一のツワモノなり!

どうも、くぎやんです。
春ですねー。高速道路が1000円ですねー。ドライブですねー。
聖地巡礼ってご存じですか??
聖地を巡る宗教行為っていう、アレです。
サブカルフィルターを通すと、作品のゆかりの地を巡る旅、っていうことになります。
有名な「聖地」は、TVアニメ「らき☆すた」の埼玉県鷺宮市の鷺宮神社ですね。この近所にあった原作者の家も、現在は資料館になっています。
聖地巡礼が地域活性化に一役かっているというわけです。

今回はそんなオタクの聖地をご紹介!! っと思ったんですが、聖地巡礼の醍醐味は、作中に出ているものと同じ名前のものや、場所を見つけてニヤリとする…、いやいや、同じ世界を感じるってところにあるので、作品を知らないと、何がなんだかってことになりかねません。

っというわけなので、同じ聖地巡礼でも歴女な聖地巡礼をご紹介します!

さて、この「歴女」ってご存じですか。
歴史が好きな女性のことだそうです。狭義では、武将が好きな女性を指すようです。
メディアでは後者の意味で使われています。
ワタクシ、どうやら分類上は「歴女」のようです。
個人的には「歴女」って、なんだか担がれてる気がしてイヤなんですが…。
他にいい言葉があるわけでもないので、この名称を使っていきます。

好きな武将は、戦国時代に限ると真田幸村、石田三成、大河ドラマ「天地人」の直江兼次。
この3人をセットで書くと、にわかファンに見えるのが切ない今日このごろです。
あと、うちの田舎(大分)の殿、大友宗麟。
近代まで範囲を広げると、伊藤博文かな…。


歴女の生い立ちはおいおいご紹介するとして、せっかく春なので、歴女な聖地巡礼に出かけたいと思います!
このブームに乗り遅れちゃなりませぬっ


史跡巡って、おいしいもの食べて、ついでに温泉!な「千里を走る 歴女ツアー!」にレッツゴー!!


第一回は、信州上田、「日本一のツワモノ」の真田幸村・上田城です。

やぐら


簡単に真田氏と上田城の説明を・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
真田氏で有名な武将といえば、真田幸村。本名・真田信繁。
池波正太郎「真田太平記」の主人公です。ほかに「真田十勇士」の主人公だったりもしますね。
幸村は1600年の関が原の戦いで西軍について、上田城で徳川秀忠軍を足止めしたり、1614年の大阪夏の陣は豊臣軍で、家康を自刃を覚悟させるまで追い詰めたりと、対徳川戦で大活躍。
しかし、家康を追いつめてみたけど、そこで力尽きて、畦道で休んでいるところを討ち取られちゃいます。意外とあっけない。享年49歳。
対徳川戦であんまりに暴れたので、後に講談で「日本一のツワモノなり」と言われるようになりました。
ちなみに、史実上は徳川戦以外の戦績はほとんどないに等しい、花の無い人。
真田氏に関する史料によると、幸村は、兄・信幸から「物静かで、あまり怒ることがない」と言われており、背も低くあまり槍働きが得意そうなタイプではなかったようです。ついでに美形でもなかった。しかし、とにかく真田軍は強かった。そんな天晴れ!な武将です。
大河ドラマ「天地人」では城田優が演じています。幸村、ハーフ顔なのか…。


そんな真田氏の上田城は、幸村の父・昌幸が、周りを取り囲む上杉、北条、徳川に対抗するため1583年に築城。平城ながら南側を千曲川が流れる自然の要害で、2度、徳川軍を破った不落城でした。
関ヶ原後、上田城を継いだ信幸が1622年に移封になり、いったん破却されます。
その後、1626年仙石氏が再建。仙石氏から松平氏に替わり、1871年廃藩置県で再び破却。
上田城に現存する3基の櫓は仙石氏が再建したときに作ったもので、真田氏の城がどんな城だったのかは、伝承の中でしかわからないのですが、天守閣はなくあまり見栄えしない城だったようです。

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真田石

真田氏の上田城の名残が見られるのが、この櫓門の横にある真田石。
真田氏が上田城を築城する際に、山から運び出し石垣に埋めたもので、直径約3メートルにもなる大石です。
築城から400年たった今でも、弛むことなく石垣を支えています。
信幸が移封する時に持ち出そうとしたが、びくともしなかったという逸話が残っています。
びくともしなかったというより、この石を持っていこうと思うところが、さすが戦国の人ですね。


真田神社

公園の真ん中は真田氏、仙石氏、松平氏を祭る神社になっています。
知将真田幸村にちなんで、学問の神様です。難攻不落の上田城の不落守りが受験生に大人気なんだそうで。


真田井戸


こちらも真田氏の上田城の頃の遺物。城で唯一の大井戸です。
この井戸は外と繋がっていて、篭城戦のときはこの井戸を通して兵站の補給をしていたという伝説があります。
今も水があったんですが、どうやって運び入れていたんでしょうか…。


梅は咲いてました

上田城址公園として、市民の憩いの場になっている上田城は桜の名所としても有名。
堀をぐるーっと桜の木が囲んでいます。
4/9~4/29まで上田城千本桜まつりが行われています。
私が行った日はまだ桜は咲いていませんでした。
春爛漫の旅だったはずが…。


400年前はここが戦場だったとは思えないキレイな公園でした。
史跡に行くといつも思うのが、昔の人が一生懸命努力したから、今があるんだなぁ…ということ。
昔の人には頭が上がりません。


 

 
 

ついでにもう一箇所。
上田から千曲川沿いを北上すること一時間。
武田と上杉が5度にわたって、その覇権を争った川中島です。現在は八幡原古戦場公園という公園になっています。
川中島とは、もともとは川と川がぶつかった中州のことで、八幡原はまさにそういう地形で川中島と呼ばれていたようです。

武田信玄と上杉謙信はあまりにも有名なので説明は割愛します。風林火山な人と、毘沙門天な人です。

八幡原古戦場公園


ここも昔は戦場だったとは思えないほど、キレイに整備されていました。

この公園の端っこにあるのが、第4次川中島の合戦で、謙信が信玄を追い詰めた場所。
三太刀七太刀の碑

なんだかんだで生きてる間は決着がつかなかった信玄と謙信。この後、時代の流れに翻弄されて武田は滅亡。上杉は関ヶ原の戦いの引き金を引くことになります。
そのときは一生懸命だったんだろうけど、そう考えると時代の流れとは非情だなぁとつくづく思います。

風林火山のトイレットペーパー

この公園にある「龍虎茶屋」には、こんなかわいいトイレットペーパーが売っています。
お土産屋さんと定食屋さんが一緒になったお店です。
信州名物おやきを食べて、お茶を飲んでまったりできます。



今回は、特攻旅行だったので、調べていっていたにも関わらず、回りきれず…。
とくに、池波正太郎「真田太平記」に出てくる別所温泉「石湯」には行きたかったのですが、タイムアップ…。
真田幸村が入ったという記録は残されていないのですが、池波先生曰く「城の目と鼻の先に温泉が沸いていて、入っていないわけがないだろう」だそうです。
すみません、目と鼻の先まで行っていて、入りませんでした。
もう一度行きたいです。
旅行は計画的に!


さてさて、歴女な聖地巡礼をお届けしてきましたが、こういう本があったらいいのになーと思っているものがあります。
私、昔から歴女ですが、高校時代の日本史は真っ赤でした(笑) 
キャラクターとエピソードだけ覚えて、年号とか順番とかさっぱりです。
もっとビジュアルガイドをしてくれれば、ちゃんと歴史も覚えられたのに…と思っていたりしています。

なので、美形キャラクターがガイドしてくれる、史跡ガイドなんてどうでしょうか?
こう書くと「萌える元素記号」みたいでイヤですね…。

「歴女の史跡ガイド!」
武将別史跡ガイド。武将由来の場所を網羅する。
人気イラストレーターが戦国武将をキャラクター化。
武将のエピソードガイド。メインのイベントは史跡の写真とキャラクターを使って解説。
史跡の地図。どの範囲にどんな史跡があるのか。古地図と合わせて紹介してほしい。
史跡の解説。エピソードガイドと連携して、詳しい史実を解説。
近隣の名物食・お土産ガイド。ここに行ったらこれだけは食べておけ!
近隣の温泉地。武将に由来の温泉地だといいけども、温泉がないところもありますからねぇ…。

武将別のほうが、史跡めぐりはしやすいと思います。
あ、でもこれだと、キャラとエピソード順は覚えられますが、やっぱり年号は覚えられそうにないですね。

萌え系旅行ガイド誌には、「るるぶ」も参戦中。

本日の当番はくぎやんでしたー。
くぎやん


投稿者 くぎやん : 2009年4月24日 11:56